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今日から始めるナレッジマネジメント

2023/01/30 16:10
今日から始めるナレッジマネジメント

文責:弁護士 干場智美

 

 本年は、企業の法務(部)機能の強化(いわゆる「リーガルオペレーションズ」)に関する情報提供もさせていただければと考えております。そこで、本稿では、「今日から始めるナレッジマネジメント」と題して、(まずは導入のみですが)ナレッジマネジメントに関する知見をご提供させていただきたいと考えております(※)。本稿に関するご感想・ご質問は大歓迎でございますので、お気軽にご連絡ください(連絡先は、末尾参照)。

 

※本稿は、ナレッジマネジメントの導入経験を有しない企業様向けに、導入の契機としての情報提供を目的とするものです。本格的な導入を検討する場合には、企業の事業目標に合わせた戦略を立案することが重要となります(商事法務ポータル 「Legal Operationsの実践(7)-Knowledge Management」)。

 

1.ナレッジマネジメントとは?

 「ナレッジマネジメント」を直訳すると、「知識の管理」となりますが、実際には、もう少し深い意味があります。

 

 「ナレッジマネジメント」とは、法務部(又は法務機能を担う部門)において、法務部に属する人材(過去の人材を含みます。)が得た知識・情報・経験・ノウハウ(暗黙知を含みます。以下「ナレッジ」)を共有し、今後の運営においてこれを有効的に活用することを指します。

 

 すなわち、法務部におけるナレッジの属人化を排して、法務部員がこれに容易にアクセスすることができるようにシステム等を整備した上で、法務部員が実際にこれを利用することをいいます。

 

2.なぜナレッジマネジメント?

 ナレッジマネジメントのメリットは何でしょうか。

 

 まず、ナレッジマネジメントによって、①業務の効率化に資するという点が挙げられます。

 

   上記で述べた、法務部におけるナレッジの属人化を排除するということは、簡単にいうと、「この分野はあの人に聞けばいい」というプロセスを省略することになります。要は、「あの人に聞く」ために、「あの人に連絡し、アポイントを取り、実際に数十分程度の打ち合わせをする…」という手順が必要となるところ、ナレッジマネジメントの導入によって、クラウド等にアクセスするだけで必要なナレッジを得ることができます。これによって、法務部員が他の業務に時間を割くことが可能となり、また、ワークライフバランスの実現にも有効な手段となることでしょう。

 

 昨今、多くの職場において、リモートワーク・フレックスタイム・フリーアドレス制等が導入されおり、「この分野はあの人に聞けばいい」というところの「あの人」へのアクセスも従前より難しくなってきています。それらのことからも、ナレッジを法務部の方で共有するということの重要性が増してきているように思われます。

 

 次に、②法務部への人材の定着に資するということが挙げられます。

 

 上記①とも重複しますが、業務の効率化によってワークライフバランスが実現できれば、法務部員・応募者にとって魅力的な職場環境となるため、法務部へ人材が定着しやすくなるものと考えられます。

 

 また、新人・中途採用の法務部員についてみると、入社時や入社直後からコロナ禍を理由とするリモートワークの導入等により、対面でのトレーニングを十分に受けられていない、という問題が生じています。そうした場合であっても、ナレッジへのアクセスを容易にすることによって、法務部員が自ら進んで業務遂行に関するスキルを学んでいくことができるようになります。これは、法務部員のエンゲージメントや社員の定着率の向上に寄与するものと考えられるところです。

 

3.ナレッジマネジメントの実践

 とはいえ、現実には、ナレッジマネジメントに対するハードルが高いと思われているところです。

 

 その原因としては、「何をやったらいいのか分からない」、「一からナレッジマネジメントを整備するとなると、時間やコストがかかる」等の問題が挙げられるかと思います。

 

⑴ まずは簡単なところから始める

 「何をやったらいいのか分からない」という問題については、「まずは簡単なところから始める」というのが一つの対応指針となるかと思います。

 

 ナレッジマネジメントの導入について、完璧主義的に現時点の問題点に全て対応しようとすると、非常に多くの時間・コストを要することとなるため、本来の業務に日々追われている法務部員に過大な負担を強いることとなります。これでは、業務の効率化というナレッジマネジメントの導入の趣旨を没却することとなりかねません。

 

 また、必要とされるナレッジは、時間の経過とともに変化していきます。

 

 したがって、まずは、現時点でできることを一つ一つ進めていく、くらいの感覚が適当ではないかと考えます。(もっとも、前記のとおり、本格的にナレッジマネジメントを導入する際には、戦略を立案することが重要となります(前記※)。)

 

⑵ ナレッジマネジメントの導入時のポイント

   ① どのようなナレッジを共有するべきか

 当然のことではありますが、ナレッジマネジメントを導入する際にはどのようなナレッジを共有すべきかという点を検討する必要があります。

 

 本稿では、一つの視点として「既存のナレッジ」・「新規のナレッジ」から検討してみたいと思います。

 

 「既存のナレッジ」―「法務部の業務の多くを占める業務の中で、ルーティン化できたら効率的になるもの」は何でしょうか。

 

 企業の法務部ごとに事情は異なると思われますが、例えば、派遣社員を多く受け入れる企業において、労働者派遣契約書(個別契約書)のリーガルチェックが日常業務となっている場合には、労働者派遣法26条1項に定められている契約事項をチェックリスト化して、各法務部員において、チェックリストをチェックするだけでリーガルチェックが終了するようにすることも考えられると思います。

 

 また、企業の業種を問わず、「業務委託契約書」のリーガルチェックは法務部の業務の一部を占めているものと考えます。業務委託契約書は、委託(受託)業務の内容・性質に応じて、契約条項を整備する必要があるため(非定型)、労働者派遣契約書のように定型化するのは難しいものと思われます。もっとも、新人・中途採用の法務部員にリーガルチェックに慣れてもらうことを目的として、定型的な契約条項(例えば、瑕疵担保責任条項や損害賠償条項における賠償額の上限)を簡単にピックアップし、チェックリスト化することは可能かと考えられます。その際には、対象の法務部員に対しては、一定程度定型的な内容の業務委託契約書のリーガルチェックをアサインし、業務委託契約書の基本的な構造や内容について、チェックリストを利用しながら慣れてもらうというのがよいでしょう。

 

 「新規のナレッジ」―「法改正情報」・「新規事業に関する法律知識」

 

 新規のナレッジとして典型的なものは、法改正情報です。法改正は頻繁に行われることから、法改正情報のアップデートを各法務部員に任せると、見落としが生じやすくなります。

 

 法改正情報は、企業の事業を所管する行政庁から情報を得られることもありますが、法改正アラート機能のついた契約書管理サービスや法改正情報をまとめたメールマガジン・ポータルサイトの利用も考えられるところです。

 

 キャッチアップした法改正情報の中で、自社の事業と関係するものはピックアップしていき、法務部内で共有するというプロセスを経ることとなります。

 

② ナレッジ共有のツールをどうするか

 既に多数の企業が契約書管理・レビューサービスを導入していると思われますが、ナレッジの共有についていかなるツールを導入するかについては、契約書管理サービスの導入時以上に定見のない部分かと思われます。

 

 「一からナレッジマネジメントを整備するとなると、時間やコストがかかる」という問題に対処する観点からは、まずは、企業において既に導入しているツール(法務部ポータルサイト・Teams・One Note・One Drive・Google Drive等)を利用するということになるでしょうか。

 

 重要なポイントとして、各法務部員がナレッジにアクセスしやすい=検索性の向上を目指すことが挙げられます。法務部において共有すべき情報は多数に上るため、単にTeams等にアップロードしていくだけでは、情報を見つけにくく、また、そもそもナレッジが存在することも知らない、という状況も発生しやすいです。

 

 そこで、どこにどのような情報があるのか、目次やアップロード履歴が一番上にくるようにTeams等を管理したり、キーワード入力で検索できるように対応したり、また、定期的にミーティングにおいて言及したりすることも考えられます。

 

4.終わりに

 いかがでしたでしょうか。

 

 ナレッジマネジメントの本格的な導入については、一定の時間・コストを要するのは否定できない部分ではありますが、現在できることから簡単に始めるだけでも、法務部の運営が効率的になることはイメージできるのではないかと思われます。

 

 また、本稿で取り上げたチェックリストの作成やTeams等のツールの利用については、多くの企業の法務部においても取り入れられていることと思いますので、意識をされていなくとも既にナレッジマネジメントに取り組み始めていらっしゃるケースも多いのではないかと考えています。

 

 本稿が、ナレッジマネジメントの導入の一助となりましたら幸いです。

 

 

執筆者:弁護士 干場 智美
    tomomi.hoshiba@sparkle.legal

 

本記事は、個別案件について法的助言を目的とするものではありません。
具体的案件については、当該案件の個別の状況に応じて、弁護士にご相談いただきますようお願い申し上げます。
取り上げてほしいテーマなど、皆様の忌憚ないご意見・ご要望をお寄せください。

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