事例紹介:アムール事件(フリーランスと安全配慮義務・東京地裁令和4年5月25日判決 )
2022/12/05 14:26
文責:弁護士 干場 智美
はじめに
多様な働き方の拡大、ギグ・エコノミー(インターネットを通じて短期・単発の仕事を請け負い、個人で働く就業形態)の拡大等により、フリーランスの形態で働く方の数は増加傾向にあるといわれています。企業においても、業務の効率化等の観点から、フリーランスに対し業務のアウトソーシングを行うことが増加してきているのではないでしょうか。
そのような中で、政府は、令和2年7月に閣議決定された成長戦略実行計画において、フリーランスとして安心して働ける環境を整備するため、政府として一体的に、保護ルールの整備を行うとする方針を定め、令和3年3月26日には、内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省連名で、「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」[1]を策定しました。
そして、令和4年9月には、フリーランス保護法(いわゆるフリーランス新法)の立法に向け、「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」[2]に関し、意見(パブリック・コメント)の募集がなされたところです(募集の結果はこちら[3])。
本稿は、こうしたフリーランス保護の潮流の中で、企業のフリーランスに対する安全配慮義務違反を認めた裁判例(アムールほか事件:東京地判令和4年5月25日労働判例1269号15頁)を紹介するものです。
1 事案の概要
本裁判例(以下「本件」)は、美容ライター等を業とするフリーランス(以下「原告」)が、
1)エステティックサロンを経営する企業(以下「被告会社」)との間でウェブサイトの運用等に係る業務委託契約を締結し、当該業務を行ったにもかかわらず、被告会社から報酬が支払われないと主張して、準委任契約に基づく報酬の支払いを求めるとともに(未払報酬請求)、
2)被告会社の代表者(以下「被告代表者」)からハラスメント行為を受けたとして、被告代表者に対しては不法行為に基づく損害賠償請求として、被告会社に対しては安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求として、連帯して慰謝料の支払いを求めた(慰謝料請求)事案です。
2 判旨
裁判所は、以下のように判示して、
1)原告の未払報酬請求を認め(約38万円)、
また、
2)被告代表者のハラスメント行為について、原告の被告代表者に対する不法行為に基づく損害賠償請求及び被告会社に対する安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求として、原告の慰謝料請求を認めました(連帯して140万円)。
⑴ 未払い報酬請求について
…このように、原告と被告代表者が、令和元年6月以降、被告会社が原告に委託する業務の内容や報酬の金額について具体的なやり取りを重ね、同年7月1日にはそれまでのやり取りを踏まえた本件契約書案を作成した上、同年8月1日以降、原告が、被告代表者の意向を確認しながら現に本件業務を履行したことに照らすと、同年7月1日頃には、原告及び被告会社との間において、原告が同年8月から本件業務を行い、被告会社が原告に対して月額15万円の報酬を支払う旨の本件業務委託契約が成立していたものと認めるのが相当である。
…被告らは、被告代表者が、原告が被告会社の専属とならなければ業務委託契約を締結しない旨を明確に伝えていたにもかかわらず、原告が兼業を継続していたことをもって、原告と被告会社との間において本件業務委託契約は締結されていたとはいえない旨を主張する。
…そこで検討するに、
…被告代表者にが(原文ママ)、本件業務委託契約の締結に当たり、原告が被告会社の専属として業務を行うことを要件としていたとは認められないから、被告らの上記主張は採用することができない。
被告らは、本件業務委託契約が請負契約であることを前提として、原告は、被告会社から、SEO対策を行って検索エンジンに被告会社HPを上位表示させ、集客に繋がる被告会社HPを制作及び運用する業務を請け負ったにもかかわらず、被告会社が求めていた水準の業務を行っていない旨を主張する。
しかしながら、本件業務は、被告会社におけるウェブ運用、コラム記事作成及びサロン運営アシスタント業務であり、ウェブ運用及びコラム記事作成業務の具体的内容は、被告会社のウェブ運用責任者としてSEO対策を行い、集客に繋がる被告会社HPを制作及び運用することであると認められるところ
…、SEO対策とは、インターネット利用者が一定のキーワードを検索した場合に検索エンジンに被告会社HPを上位表示させるための対策であって
…、その性質上、一定の期間にわたって対策を継続することによりその効果が図られるものであること、原告と被告会社との間において、原告がSEO対策によって達成すべき具体的な指標等が定められた事実を認めるに足りる証拠もないことに照らせば、本件業務委託契約は役務の提供を主たる目的とする準委任契約の性質を有するものと認めるのが相当であるから、本件業務委託契約が仕事の完成を目的とする請負契約であることを前提とする被告らの上記主張は採用することができない。
以上によれば、原告は、被告会社に対し、本件業務委託契約に基づく報酬として、令和元年8月分の報酬15万円、同年9月分の報酬15万円及び同年10月1日から同月17日までの報酬8万2258円(15万円÷31日×17日)の合計38万2258円の報酬を請求することができる。
⑵ 慰謝料請求について
…被告代表者の一連の言動は、原告の性的自由を侵害するセクハラ行為に当たるとともに、本件業務委託契約に基づいて自らの指示の下に種々の業務を履行させながら、原告に対する報酬の支払を正当な理由なく拒むという嫌がらせにより経済的な不利益を課すパワハラ行為に当たるものと認めるのが相当である。
…被告代表者が原告に対して性的な言動に及んだ合理的な理由は見当たらず、これらはいずれも原告の意に反するものであったと認められる上、
…原告が、当時、美容ライターとして固定額の月収を得られる仕事に就いたことがなく、被告代表者から、基本給を月15万円として業務委託契約を締結し、仕事の内容や結果をみて報酬を増額することや役員ないし正社員としての採用する可能性を示唆される一方で、結果が出なければすぐに契約を終了させる旨を告げられた上で、被告代表者の指示を仰ぎながら業務を履行しており、原告が被告代表者に従属し、被告代表者が原告に優越する関係にあったものというべきであるから、上記の言動は原告に対するセクハラ行為ないしパワハラ行為に当たるものと認められる。
…被告代表者の行為は、原告に対する不法行為に当たるものと認めるのが相当である。
原告は、被告会社から、被告会社HPに掲載する記事を執筆する業務や被告会社専属のウェブ運用責任者として被告会社HPを制作及び運用する業務等を委託され、被告代表者の指示を仰ぎながらこれらの業務を遂行していたというのであり、実質的には、被告会社の指揮監督の下で被告会社に労務を提供する立場にあったものと認められるから、被告会社は、原告に対し、原告がその生命、身体等の安全を確保しつつ労務を提供することができるよう必要な配慮をすべき信義則上の義務を負っていたものというべきである。
…しかるに、被告会社は、被告代表者自身による
…のセクハラ行為ないしパワハラ行為によって原告の性的自由を侵害するなどし、上記義務に違反したものと認められるから、原告に対し、上記義務違反を理由とする債務不履行責任を負う。
原告は、
…被告代表者の行為によりうつ状態に陥ったものと認められる。その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、被告代表者の不法行為及び被告会社の債務不履行により原告が被った精神的苦痛を慰謝するに足りる金員は、140万円と認めるのが相当である。
3 実務上の留意点
本件は、原告の被告会社に対する専属義務の有無やSEO対策(インターネット利用者が一定のキーワードを検索した場合に検索エンジンに被告会社HPを上位表示させるための対策)を業務内容の一部とする場合の業務委託契約の性質(準委任契約と請負契約のいずれであるか)等、フリーランスに係る契約における典型的な法的論点も含んでおり、上記では参考までに判決文を引用しましたが、以下では、本稿のテーマであるフリーランスと安全配慮義務違反について論じます。
ハラスメント行為(セクハラ・パワハラ)を理由として、フリーランスに対する企業の債務不履行責任を認めた事例は多くはありません。パワハラについては、実演家が、実演家契約を締結したマネジメント会社の代表者からパワハラを受けたとして、マネジメント会社の債務不履行責任を認めた事案(東京地判令和2年3月25日)がありますが、セクハラについて安全配慮義務違反を理由とする債務不履行責任を認めた事案は、おそらくは本件が初めてではないかと思われます。
企業が雇用する労働者との関係では、パワハラについては2020年6月1日に施行された改正労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)・「事業者が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令2厚労告5)、セクハラについては、男女雇用機会均等法11条・「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平18厚労告615【令和2年6月1日適用】)に基づき、企業(事業主)は、就業規則での方針の明確化・研修の実施等の措置を講ずることが求められているところです。
他方で、フリーランスとの関係では、現時点では企業に対し、ハラスメント行為について措置を講ずべきとする明確な法規制はありません。そうであるとしても、本件の判示のとおり、安全配慮義務違反が認められる場合には、ハラスメントの行為者のみならず企業の責任も問われうることから、企業においては、労働者・フリーランスの別なく、職場環境の整備を行うべきであって、企業の従業員に対しては、研修の実施等を通じて、フリーランスに対してもハラスメント行為に出ないことを周知・啓発することが望ましいと思われます。
なお、「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」[2]の2⑴(オ)「就業環境の整備として事業者が取り組むべき事項」では、ハラスメント対策として、「事業者は、その使用する者等によるハラスメント行為について、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講じるもの等とする。」とされていることから、いわゆるフリーランス新法においては、一定程度具体的な措置内容が定められるものと予想されます。この点についても、今後の動向に留意することが必要です。
弊事務所では、フリーランスの法律問題について、深い知見を有する弁護士が対応させていただきますので、お気軽にお問合せください。
以 上
[1]https://www.mhlw.go.jp/content/11911500/000759477.pdf
[2]https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000241038
[3]https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000242184
執筆者:弁護士 干場 智美
tomomi.hoshiba@sparkle.legal
本記事は、個別案件について法的助言を目的とするものではありません。
具体的案件については、当該案件の個別の状況に応じて、弁護士にご相談いただきますようお願い申し上げます。
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