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裁判例で見る同一労働同一賃金(宇都宮地方裁判所令和5年2月8日判決)

2024/09/26 13:03
裁判例で見る同一労働同一賃金(宇都宮地方裁判所令和5年2月8日判決)

文責:弁護士 津城 耕右

 

 

 「同一労働同一賃金」の実現に向け、平成30年6月29日にいわゆるパート・有期法が改正される等、その実現に向けて法整備等が行われたところ、近年同一労働同一賃金に関する裁判例が蓄積しつつある。

 

 本記事ではその事例の一つである宇都宮地方裁判所令和5年2月8日判決について、紹介する。

 

1. 事案の概要

 原告は、障害者支援施設を経営する被告において、昭和54年の入社以降、支援員として勤務し、平成28年に被告を定年退職した。その後、原告は被告において期間を1年とする有期労働契約を締結したうえで、嘱託職員として引き続き支援員の業務を行った。原告はその後有期労働契約を4回更新して勤務し、令和3年6月に被告を退職した。

 

 定年後嘱託職員となった後、原告の下記の各労働条件は記載のとおりとなった。

  • 期末・勤勉手当(いわゆる賞与):不支給
  • 扶養手当:不支給
  • 年末年始休暇及び夏季休暇:付与せず

 これに対して、原告は期末・勤勉手当及び扶養手当の不支給並びに年末年始休暇及び夏季休暇を付与しなかったことが労働契約法旧20条や短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下「パート有期法」という。)第9条、(予備的に同法8条)に違反すると主張した。

 

2. 争点(期末・勤勉手当不支給のパート有期法違反該当性について)

 本判決では、労働契約法旧20条に関しても判断されているが、本稿では一部の期末・勤勉手当の不支給(以下「本不支給」という。)がパート有期法違反であるとする原告の主張に関して主に取り上げる。

 

 パート有期法について、同法第9条は短時間・有期雇用労働者と通常の労働者との間で、職務の内容や職務の内容・配置の変更の範囲が同じ場合は、短時間・有期雇用労働者であることを理由として差別的取扱いを行ってはならない旨規定している。また、予備的に主張された同法8条は短時間・有期雇用労働者と通常の労働者との間で、職務の内容、職務の内容・配置の変更の範囲、その他の事情を考慮して不合理な待遇差を禁止している。

 

 本件では、本不支給がこれらの規定に違反しないか、争点となった。

 

3. 裁判所の判断

 結論として、裁判所はパート有期法に関する原告の主張を排斥した。

 

⑴ パート有期法第9条について

 本判決は、同法第9条違反の主張に対して、同条には「「短時間・有期雇用労働者であることを理由として」との要件が明記されている」ことから同条「違反と認められるためには、処遇の相違が期間の定めに関連して生じたものであるというだけでは足りず、処遇の相違が有期労働契約であることを理由としたものであることを要するものというべきである」 (下線筆者)と判示したうえで、「定年後再雇用の嘱託職員と正規職員との期末・勤勉手当に係る処遇の相違の理由は、定年前に正規職員として長期雇用と年功的処遇を前提とした賃金の支給を受けたことや退職金の支給を受けたことなど、嘱託職員以外の臨時職員にはない事情を考慮したものといわざるを得ない」等として同条違反の主張を排斥した。

 

⑵ パート有期法第8条について

 本判決は、同法第8条違反の主張に対して、まず同条に違反するかの判断に当たっては、旧労契法20条と同様に「職務内容及び変更範囲その他の事情を考慮して、その相違が不合理と認められる場合に当たるか否かを検討すべき」とした。本判決が旧労契法20条違反の判断に当たって考慮した事情は以下のとおり。

 

① 職務内容及び変更範囲の相違

 本判決は、正規職員及び嘱託職員は、

 

  • 業務の内容について「中核的業務は、当該施設の利用者に対する日常生活上の支援で」あり「正規職員と嘱託職員との間に実質的な違いがあると認めるに足りる証拠はない」

  • 責任の程度について、嘱託職員は「責任者となることはなかったことが認められる」「責任者たる担当者とそうでない担当者との役割の違いが格段に大きいものであったとまではいい難い」

  • 職務の内容及び配置の変更の範囲について、「正規職員及び嘱託職員は、いずれも人事異動が予定されている点で変わらない」「ただし、正規職員については主任へ就任があり得るのに対し、嘱託職員に昇格は想定されておらず、この点は違いがある」

 

として「正規職員及び嘱託職員は、職務内容及び変更範囲に関し、中核的業務に本質的な相違はないということができる一方、一部について相違は認められる」とした。

 

② その他の事情について

 判決は、「不合理性の判断においては、期末・勤勉手当の性質及びその支給目的に照らして適切と認められるもの」「を考慮するのが相当である」としたうえで

 

  • 期末・勤勉手当の性質及び支給目的について、「被告における期末・勤勉手当は」「就労に対する功労報償としての性格を有し」、「賃金の後払的性格、生活費補填の趣旨も含み得るものと解され」、「期末・勤勉手当を合わせて月給の2か月分を超える額が支給されることに照らせば、人材の確保及び定着を目的とし、正規職員の勤務継続に対する奨励等として支給するといった趣旨もあることは否定し難い」
  • 定年後再雇用者であることについて、「正規職員の賃金体系は、定年制を前提とする長期雇用、年功的処遇を前提としたものとなっているから、定年後再雇用における賃金について」「嘱託職員の賃金の条件を引き下げること自体に相応の合理性があることは否定し難い」。加えて原告は、「本人掛金分を除いても2100万円を超える退職金の支給を受けており、定年退職後の生計費が相当程度補填されているものとみることができ」「被告がこれに加入して掛金を負担してきたことも勘案すれば、退職金支給の事実を考慮することは相当である」
  • 嘱託職員としての処遇について、「嘱託職員の基本給は」、「中堅時代の基本給に相当するものであり、中堅の正規職員とベテランの正規職員とで中核的業務に大きな相違がないと推認されることを勘案すると、嘱託職員としての基本給につき相応の水準が確保されているものとみることができる」。「期末・勤勉手当等の支給を受けないことの帰結として」「嘱託職員の年収は定年退職前の6割を若干上回る程度にとどまる。とはいえ、原告は、「正規職員時代に相応の賃金を受領し、退職金を受領していることに加え、定年退職した翌年の平成29年8月から老齢厚生年金を受給しており」、「全体として見れば相応の生計費の補填はされている」

 

等とした。

 

 本判決は、①②の事情等を総合考慮したうえで、

 

「嘱託職員と正規職員との職務内容及び変更範囲につき、その中核的部分が本質的に異ならないことを踏まえても、被告が、定年制を前提とする正規職員の長期雇用と年功的処遇の賃金体系・退職金制度を維持しつつ、定年後に再雇用された嘱託職員について、定年退職時より賃金条件を引き下げるものの、最も高い基本給であった定年退職時を基準としてその8割の基本給(中堅時代の基本給とほぼ同等)とする制度設計をし、正規職員に対して期末・勤勉手当を支給する一方で、嘱託職員に対してこれを支給しないことは、不合理であると評価することができるものとはいえない」

 

と判示した。本判決は、パート有期法8条違反の主張についても、かかる判示と同様、同条に違反しないとした。

 

4. さいごに

 本判決は、旧労契法に加えて、パート有期法8条及び9条に関する判断も行っている点に特徴がある。

 

 パート有期法9条について、本判決は同条違反と認められるためには「処遇の相違が有期労働契約であることを理由としたものであることを要する」としたうえで、「期末・勤勉手当の不支給は「定年後再雇用の嘱託職員であることを理由としたもの」であり、「有期雇用労働者であることを理由とした差別的取扱い」とは認められない」と判示したが、「実態を見るに、Yは同手当を嘱託職員だけではなく現役の契約社員も含むすべての有期契約労働者に支給していない。この点からすると、同手当不支給を「有期労働契約であることを理由としたもの」ではないとして不合理性を否定した本判決には疑問がある」とする評価がある(有斐閣「ジュリスト2024年6月号」No.1598、150頁)

 また、パート有期法8条についても、本判決では旧労契法20条と同様に判断がされているが、「パート有期法8条は,不合理性審査を待遇の性質及び目的を踏まえて行うべきことをより明確にする観点から発展的に改正したものであると考えられ」「パート有期法8条を「労契法20条と同様に」とした上で概括的な判断で不合理性の判断を行った本判決は改めて議論すべき点があると考えられる」とする評価がある(同書籍参照)。

 

以上のような評価がある中で、今後の裁判例の蓄積が待たれる。

 

 

以 上

 

執筆者:弁護士 津城 耕右
    kosuke.tsushiro@sparkle.legal

 

本記事は、個別案件について法的助言を目的とするものではありません。
具体的案件については、当該案件の個別の状況に応じて、弁護士にご相談いただきますようお願い申し上げます。
取り上げてほしいテーマなど、皆様の忌憚ないご意見・ご要望をお寄せください。

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