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クローバック条項その2~AIの質問に答える~

2024/08/09 07:56
クローバック条項その2~AIの質問に答える~

文責:弁護士 小幡 映未子

 

クローバック条項とは、一般的に、企業不祥事等が発覚した場合に、役職員の報酬の一部または全部の返還を求める仕組みといわれます[1]。2023年12月にENEOSホールディングス株式会社において、当時の社長に対し、その不適切行為を理由に、月額報酬・賞与・株式報酬の一部返還・没収が実施されるとのリリースがされましたが、日本企業においてクローバック条項が発動・公表された最初の事例として話題になったのは記憶に新しいところです。

 

また、日本においては、クローバック条項の導入を義務づける法律や規制等は設けられていないものの、株主総会においてその導入が株主提案されるなどの動きもあり、関心が高まってきています[2]。

 

このクローバック条項について書いた記事(「クローバック条項~初めての発動事例を受けて~」)をAIに読み込ませ、企業の経営者や法務担当者向けの質問を作成するようAIに投げかけてみました。AIが提示してきた質問をカテゴリーごとにまとめたのが、質問1から3です。今回は、このAIからの質問に回答する形で、クローバック条項について説明したいと思います。

 

【質問1】 クローバック条項の適用基準について

クローバック条項の適用(発動)基準について教えてください。特に発動事由とされる「重大なコンプライアンス違反」とは、どのような行為が該当するのか具体例を挙げて説明してください。

 

どのような場合にクローバック条項を適用(発動)させるかは、各企業によって異なりますが、大きくは、①業績報酬額の算定の前提とした財務諸表の訂正があった場合を発動事由とするものと②重大なコンプライアンス違反があった場合を発動事由とするものに分類できます。

 

①は、業績連動報酬の基礎となる業績が会計不祥事などの事由によって誤って算定されているのであれば、正確な算定結果との差額や株価の下落分に係る報酬を返還させるべきとうい考え方によるものです。この考え方からすれば、報酬の返還者の故意・過失は問わない、返還者の範囲も過誤となった報酬を受給した者全員とするのが理論的とも思われますが、実際には、不正行為がある場合に限定したり、また、一定以上の役職者のみを対象としたりすることが多いようです。また、返還の対象時期についても、クローバック発動事由が生じたと認められる時点から過去〇年分というような限定が付されるのが一般的です 。

 

②の重大なコンプライアンス違反は、法令違反、会計不正[3]などを発動事由とするもので、たとえば、役員が贈収賄行為を行い、企業の信用が著しく損なわれた場合や財務報告書に虚偽の情報を記載し、株主や投資家に誤った判断をさせた場合などが該当すると考えられます。このタイプのクローバック条項は、役員の非違行為に対する制裁としての意味合いを持つものであり、対象者は帰責性のある者となり、また、一定以上の役職者のみを対象とすることが一般的です。返還額については、コンプライアンス違反行為の重大性に応じて定められるべきですが、返還額の限定が付されている場合もあります[4] 。

 

【質問2】 クローバック条項の発動基準の曖昧さと公正性の確保について

クローバック条項の発動基準が曖昧である場合、その曖昧さが役員の行動にどのような影響を与えると考えられますか?また、適用の際の手続の公正性をどのように確保しているのでしょうか?

 

クローバック条項の発動事由を一義的に明確に規定しておくことはその性質上、困難である場合が多く、ある程度、抽象的にならざるを得ない面があります。しかしながら、クローバック条項が曖昧に規定されていると、どういった場合に適用されるのかが不明瞭となり、また、恣意的な発動がされる恐れもあります。そのため、役員がリスクを避けようと、慎重になりすぎ、必要なリスクテイクが行われないといった弊害が生じ、「攻めの経営」の観点からするとマイナスの影響を及ぼす可能性があります。こうした点からすれば、クローバック条項の発動事由の詳細や発動の際の手続について社内規程やガイドラインにおいて明確に規定し、また、役員研修などにおいて具体例を示しつつ、周知しておくなどの運用上の工夫が必要になると思われます。

 

クローバック条項の適用(発動)の際、たとえば「重大な」コンプライアンス違反があったと認定するか、発動させるとしても返還金額をいくらかとするかといった点は、あらかじめ基準を定めて一義的・機械的に判断できるものではなく、裁量を含むものとなります。こうした裁量を含む判断が恣意的にならないよう、手続的な公正性の観点から、独立した判断権者による判断のプロセスを設けておくことが有用と思われます。具体的には、社外取締役が過半数を占める任意または法定の報酬委員会が返還額の承認を行うというように報酬委員会を活用することや、取締役会が最終的な判断権者となるとしても報酬委員会の審議を経るなどのプロセスを設けるといったことが考えられます。

 

【質問3】 法的リスクと防衛策について

クローバック条項の発動に対して、役員からの訴訟リスクはありますか?役員が訴訟を起こすリスクに備えて企業はどのような法的防衛策を講じるべきでしょうか ?

 

クローバック条項の発動を受けた役員が会社に対し、会社と役員間の委任契約の違反等を理由に、訴訟を起こすことが考えられます。すなわち、定款または株主総会の決議によって各取締役の報酬額が具体的に定められた場合 、その報酬額は委任契約の内容となるため、任期中に会社が一方的に当該報酬を減額することは許されないとするのが判例 です。この判例を前提とすると、クローバック条項の導入時には役員本人の同意が必要ということになりますが、クローバック条項の発動事由が生じた場合には返還等が求められるという条件付きの報酬であることについて、明確に同意をとらなかったり、委任契約において規定がされていなかったりした場合には、それを理由に役員が会社に対し、報酬の返還等につき法的に争うことが考えられます。こうしたリスクを軽減するためには、クローバック条項の導入時において、その内容を十分に説明したうえで役員本人から明確に同意を取り、委任契約にも明記しておくことが有用であると考えられます。

 

また、クローバック条項の導入について同意があったとしても、クローバックの発動事由の該当性や返還金額の不当性ついて争われる可能性もあります。この点、前述したとおり、クローバック条項の発動の際に、報酬委員会の審議や承認を経るなどの手続の公正性を担保するプロセスを設けておくとともに、公正な判断がされたことを証するものとして、実際の発動の際の審議の過程や結果を文書で残しておくということも訴訟リスクへの対応としては必要になるかと思われます。

 

 

以 上

 

[1] クローバック・マルス条項というように「マルス」を付けてよばれることもあります。クローバックが、報酬としての権利がすでに確定し、既に支給を受けた報酬を返還させるものである一方、マルスは、権利の付与はされたがまだ支給を受けていない報酬の権利を失効させるものであり、両者の性質は異なります。ここでは、クローバックを前提に述べます。

[2] 武田薬品工業株式会社では、2019年6月の株主総会において、業績連動報酬の算定の基礎となる業績指標等の数値が誤っていた場合等に報酬の返還等をさせるというクローバック条項の導入が株主提案されました。賛成率は52%であり、定款の一部変更という形での株主提案だったため否決という結果になりましたが、その後、同社では自主的にクローバックポリシーの導入がされました。

[3] 会計不正に関しては、発動事由①の財務諸表の訂正の前提となった不正行為と重なることが多いといえます。

[4] ENEOSホールディングス株式会社のクローバック条項においても、「役員報酬(原則として最大で4事業年度分)の返還請求・没収を実行できる」との限定が付されていました。

[5] 株主総会において取締役全員の報酬総額を定め、取締役個人別の報酬額の決定を取締役会に一任する場合も含みます。

[6] 最高裁平成4年12月18日民集46巻9号3006頁

 

執筆者:弁護士 小幡 映未子
    emiko.obata@sparkle.legal

 

本記事は、個別案件について法的助言を目的とするものではありません。
具体的案件については、当該案件の個別の状況に応じて、弁護士にご相談いただきますようお願い申し上げます。
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