AIは法律実務を変えるか~Chat GPTの到達点
2023/03/24 20:40文責:弁護士 三谷 革司
Chat GPTは、Open AIが開発した自然言語処理のための人工知能技術であり、大規模情報を学習して自然言語生成や質問応答などのタスクに対応できるチャットボットです。日本語も含めて、人間の質問を理解し、自然な回答を出力することができるという特徴があります。百聞は一見に如かずなので、まだ使ったことがないという人は、まずは一度使ってみてください。
私も、最新技術であるGPT-4を含めて、このツールを使用してみましたが、これまでの同種の技術とは一線を画しており、人間との自然な対話に一気に近づいた印象を受けました。リーガルテックの分野でも、この技術を用いることで大幅なイノベーションが可能になると思っています。以下、Chat GPTがどのような実際的な特徴を有し、どのように活用可能性が考えられるかについて、現時点の考察を紹介したいと思います。
Chat GPTは極めて有能な「文書作成補助者」である
現時点におけるChat GPTの機能は、特に、文章作成補助の場面で発揮されます。つまり、インプットされた既存のものを編集したり、散在しているものを整理したり、要約したりといった場面で威力を発揮します。その背景には、大規模情報を学習することにより、入力データと比較して最適と考えらえる文章情報を見つけ出し、それを出力することができるAIの技術があります。
議事録作成補助から広がる大きな可能性
Chat GPTの「文書作成補助者」としての機能を活用できるのが議事録作成業務です。法律実務に限らず、会社が組織で動いている以上、あるいは案件をチームで対応する以上、業務の過程を記録化することが必要であり、議事録作成が様々な場面で必須になります。そのプロセスは、会議の参加者が話した「話し言葉」的内容の文章を「書き言葉」に変換し、文脈から適宜言葉を補って、要点をまとめるというもので、「頭を使う作業」もあるのですが、実際には作業的な側面が多々あり、この部分をChat GPTで代替することが可能ではないかと思っています。
(※実は、「議事録」作成が「頭を使う作業」ではないというと語弊があり、例えば、新入社員が「議事録」の作成を命じられても満足に作成できなかったりします。これは、参加している会議の趣旨・目的や、バックグラウンド情報を何も理解していない状態では、話されている内容の論理関係を理解できず、適切な言葉を補うことができないし、必要な情報と主要な情報の取捨選択もできないからです。しかしながら、Chat GPTは、このレベルは超えており、専門的な内容でなければ、大規模情報から推測して会議の文脈を理解し、適切に言葉を補うことが可能になっているように見えます)。
現在の議事録作成の作業は、会議の内容をパソコン等で記録し、後で振り返りながら編集するという工程になっていると思われます。ここで、未整理の殴り書きのような文章を、そのままAIに投げ込んで編集を依頼し、要約まで作成してもらうことができれば、大きな時間短縮になります。そのまま完成版が出てくるということではなく、最後に人間がチェックするプロセスが必要になったとしても、一からドラフトするようには圧倒的に時間短縮が可能になります。1、2時間かかっていた作業が、15分で済むというイメージで、大幅な業務効率化になるのです。
さらには、音声入力技術とAIを組み合わせることで、会議中のメモ取りを不要にできる可能性もあります。これが実用化された場合のインパクトは、何よりもスピードの点にあります。多人数が関与しており、重要性が高い緊急的な会議ほど、即座に議事録を作成して関係当事者に回覧する必要があったりします。ここで、人力による作業では、どうしても1日、2日かかることがあります。
しかしこれが、当日中にできる、あるいは、会議の最後に、出力された議事録原案を参加当事者が確認して、少し修正して完成することができてしまえば、その会議中にプロセスが完結してしまいます。こうすることで、これまで生じていたタイムラグがかなり短くなり、業務プロセス自体が大きく変わる可能性があるのです。
ヒアリングや取調べへの応用可能性
この議事録作成機能は、単純なようですが、さらに応用できる可能性があります。例えば、企業内で何らかの不正が発生し、当局から訴追される可能性が生じたときや、あるいはディスカバリー制度のある法域で訴訟が提起されたときなどもそうですが、関係当事者に長時間のヒアリングを行って、事実調査を行うといったことが行われます。そして、そのヒアリングの結果に基づいて、弁護士らによって対応方針の戦略を考案していくことになります。しかし、実際のヒアリングをすべてリード・カウンセルらで対応することはできませんから、比較的経験が浅いジュニアが担当し、ヒアリングメモを作成し、それに基づいて、関係者が検討するという流れになります。実は、このような流れは、検察庁における事件処理などでも似たような面があり、担当検事が取調べを実施して、供述調書を作成し、上司である決裁官の決裁を受けて事件処理方針を決める、ということが行われています。
そして、このヒアリングの過程では、例えば、弁護士複数名が1日5時間や6時間(場合によってはそれ以上)といった長時間、対象者にヒアリングを実施していて、その上で、その結果を要約してヒアリングメモを作成するために、同じ位の時間を割いているのが実情であり、相当なマンパワーが費やされています。
ところが、議事録作成技術を応用することにより、これを大幅効率化できてしまう可能性があります。具体的には、ヒアリングの終了時点で、既にヒアリングメモの原案ができている状態ということになります。これによって、ヒアリングメモの作成の時間は大幅に短縮できます。実際にも、弁護士複数名×数時間のタイムチャージの節約になるので、それだけで数十万円の価値が見出せることになります。逆に言えば、法律事務所側としては、将来的にはこのような技術を応用してタイムチャージの効率化に取り組んでいるかどうかが問われる可能性があることにもなりそうです。
さらに進めば、詳細な質問事項を用意したうえで、ヒアリング対象者に音声を吹き込んでもらうといったことも考えられます。このプロセスをヒアリング前に実施することで、実際のヒアリング開始時には、既にヒアリングメモの草稿が存在するという状態になり、ヒアリングそれ自体をかなり効率的に行うことができる可能性があります。結果として、これまで弁護士複数名が相当な時間をかけて取り組んでいた業務が、数分の一程度の業務量で実現できる可能性があるということになります。民事訴訟で言えば、陳述書の原案が既にできている状態にできる、ということになりますね。
将来的には、ヒアリング対象者の回答に対して可変的に質問が生み出されたり、証拠との対照も自動で行ったりできるようなAIが開発されれば(つまり、質問自体もAIに作らせるイメージです)、ヒアリングをより高度なレベルで自動化できる可能性もありそうです。現時点では、Chat GPTでもその域には達していないようですが、これはテクノロジーの進化によって実現される可能性もあります。少なくとも、過去の自身の供述や、第三者の供述との整合性のチェックや、客観的証拠との対照などの中には、データに基づく機械的照合が応用できるものがあるはずで、近い将来、そういった面での利用可能性は現実のものとなるのではないかと予想します。
Chat GPTは極めて有能な「壁打ち」相手である
Chat GPTは、大規模情報に基づいて最適な情報を出力できる技術ですが、人間に例えると、インターネットで調べて一通りのことが言える「一般人」のような存在ともいえます。インターネット上に存在する限り、情報を拾って、もっともらしい情報を出力するため、この「一般人」はかなり検索能力が高いと言えます。
この検索能力は、初期的な思考整理のためのブレインストーミングの相手(いわゆる「壁打ち」相手)として最適です。特定のトピックについて深い思考ができるわけではありませんが、AIが大量の情報から汎用的な答えを導くことで、まるで「思考している」かのように何らかの情報を出力します。それは、自然の人間にとって、思考のきっかけや、何らかの気付きを与えるものになります。現時点では、Chat GPTに適切なプロンプトを与えることで、必要に応じたニーズのある対話の相手にさせることができる段階に達しています。
人間にとって、文章を作成することは、高度に頭を使う作業です。人間ですから、体調やメンタルの状況によっては調子の波もあります。一方で、Chat GPTには、調子の波がありません。メンタルで動揺することもありません(動揺しているかのように見える出力をすることはあります。)。何ら遠慮が要らないのです。気が済むまで、とことん「壁打ち」させてくれます。悩み相談の相手にもすることができます。
実は、「コンサルティング」は、専門的知識を提供するだけでなく、「壁打ち」相手になることで、依頼者自身からソリューションを引き出すということでもあります。Chat GPTは、極めて有用な「壁打ち」相手として、そのような存在になり得る可能性を感じさせます。
現在のChat GPTの限界①~Chat GPTは学ばない
Chat GPTは、極めて有能な「一般人」なのですが、(少なくとも現段階では)正確な知識や最新情報を求めるリサーチには難があり、間違った情報を出力してしまうことが多々あります。これは、AIが大量の情報から汎用的な答えを導くため、権威や信頼性が高い情報、新旧の順序や、何がノイズで何がそうでないかを正確に判断しきれないためではないかと思います。また、人間のようには「学ばない」という特性があります。 この問題は、特に専門的と言われる分野では顕著になります。その典型例が、法律分野ではないかと思います。
したがって、現時点では、Chat GPTに知識バンク的な役割を求めるのは、適材適所ではない、ということになります。もちろん、今後、専門分野に特化した訓練を施すことで、その性能が改善される可能性は十分にあると考えられます。
現在のChat GPTの限界②~Chat GPTは応用が利かない
また、Chat GPTは、例えば、ある法規範の要件を特定の事実関係に当てはめて判断するかとか、ある事実関係から、将来的に起こり得る事象やあるべき結果を予測するといったことは苦手にしているようです。これは、法規範のような専門的な用語や法的判断が、大規模情報からの演繹的な処理に必ずしも馴染まないからではないかと思います。予測とは、幾つかの仮説を考えて、その場合の展開を導くといったことを繰り返していく作業ですが、既存のテキストの大規模情報からこれを導き出しにくいことは、感覚的にも想像可能な面があります。
その昔、法律分野で、AIの利用でまず考えられたのは、民事判決文を大量に学習して、裁判所が出す判決を予想するといったことでした。しかし、判決は、(事実認定という名目ではあるものの)証拠から一種の推論を行ったうえで、法的判断をするプロセスです。上記のように、AIが判断や推論を苦手とすることを考えると、このようなシステムはなかなか実現しないのではないかなとも思います。
一方で、大量の判決文から、裁判所の判決のパターンや言い回し等を学習することが可能になれば、判決文のような文章を作成することは可能なはずです。こういったアプローチで、ソリューションが見出せる可能性はあるように思います。
Chat GPTと未来の法務部門へ
法務部門に与える影響はどのようなものでしょうか。現時点では、Chat GPTはあくまでチャットボットであり、これをそのまま業務に用いるというのは、現実問題としては難しいと思います。しかしながら、今後、法務部門が必要とするニーズに対応するような機能を要件定義し、インターフェースを整えることで、Chat GPTの性能の向上と相まって、Chat GPTの技術を応用したソリューションを実現するリーガルテックのサービスが登場してくると予想されます(すぐに実現できそうなのは、前述のとおり、議事録作成アプリなのですが。)。
その段階に至れば、従来の業務形態やスキル要件が変化し、新たな働き方や専門性が求められる可能性もあります。例えば、法務部門のメンバーはChat GPTと連携して、日常業務はChat GPTに対応させるのが主となり、Chat GPTをどうメンテナンスし使い回すかが問われるスキルとなる可能性だってあります。また、汎用的な知識はChat GPTに任せて、より高度な法的判断や専門的な知識の習得にリソースを回すことが可能となるかもしれません。数年以内にこうなる、とは言えませんが、10年後、20年後にはこのような未来も見えるようにも思います。
執筆者:弁護士 三 谷 革 司
kakuji.mitani@sparkle.legal
本記事は、個別案件について法的助言を目的とするものではありません。
具体的案件については、当該案件の個別の状況に応じて、弁護士にご相談いただきますようお願い申し上げます。
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