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事例紹介:議事録閲覧請求権と株主提案に関する判断(大阪高裁令和3年5月28日決定)

2022/09/11 16:25
事例紹介:議事録閲覧請求権と株主提案に関する判断(大阪高裁令和3年5月28日決定)

文責:弁護士 津城 耕右

はじめに

 

 近年、株主総会において株主提案権が行使される機会が増加している。本記事で取り上げるのは、Y株式会社の株主であるXらが、株主総会における株主提案権行使のために必要があるとして、Yの取締役会議事録のうち、Yが刊行した社史について協議、監督した部分について、閲覧および謄写することの許可を求め、また、Yの監査役会および監査等委員会議事録のうち、本件社史について監査協議、監督した部分について、閲覧および謄写することの許可を求めて裁判所に申立てをした事案(大阪高裁令和3年5月28日決定)である。

 

 申立審はこれを一部認めたが、抗告審においては却下した。株主提案権の行使に関連して取締役会などの議事録の閲覧を請求した事案として、先例としての意義を有すると思われるため、本記事で紹介する。

1 事案の概要

 Yは、平成19年以降、東京証券取引所市場第一部に株式上場している取締役会設置会社で、平成28年には監査役会設置会社から監査等委員会設置会社となった。また、同社の7名の取締役のうち、4名は社外取締役であり、3名の監査等委員はいずれも社外取締役である。

 

 Yは、平成29年8月、創立50周年記念事業として社史を刊行することとし、取締役A(社内取締役)が編集委員長となった。社史は、令和元年5月に発刊され、Yの従業員、入社予定者、OB、販売代理店、業界団体等に配布された。Yの株主であるXらは、令和2年7月、Yに対し、本件社史に誤りがあるとして、その記載を訂正した上、謝罪を入れた冊子を作成し、それを配布すること等を要求した。これに対し、Yは、同年8月、Xらに対し、本件社史に誤りはなく、その要求に応じない旨を回答し、その後も、XらとYとの間で、議論の応酬がなされたが、解決には至らなかった。

 

 そこで、Xらは、神戸地方裁判所に対して、Yの次期株主総会で、株主提案権を行使して定款の変更および社史の客観的歴史的適合性の担保を議案とする株主提案を行うことを検討しているが、これを行うために本件社史を発刊した決定過程を把握する必要があるとして、Yの取締役会議事録のうち、本件社史について協議監督した部分について、閲覧および謄写することの許可を求めるとともに、Yの監査役会および監査等委員会議事録のうち、本件社史について監査協議、監督した部分について、閲覧および謄写することの許可を求めた。

 

 申立後、令和3年1月13日付けで地裁の決定がされ、同月14日にYが即時抗告したが、Xらは、同月15日付けの書面で、原審が許可した取締役会議事録等の閲覧および謄写のないまま、Yに対し、同年3月の開催予定の定時株主総会において、

 

・社史を刊行することは、重要な業務執行として取締役会の決議を要する。
・社史内容の正確性・客観性を確保するため、元役員、識者らから成る第三者委員会を設置し、刊行の実施を監督するものとする

 

という旨の定款変更を議案とする株主提案をする旨を通知し、この株主提案を同年3月の株主総会での議案とするよう求めた。そこで、Yは、株主総会招集通知に、Xらの上記株主提案を議案として記載したが、3月に開催された株主総会において、同議案は、反対多数で否決された。

2 株主による取締役会、監査役会、監査等委員会の議事録の閲覧制度について

 株主が取締役会、監査役会、監査等委員会の議事録を閲覧することに関しては、それぞれ、会社法371条3項、2項(監査役会設置会社又は監査等委員会設置会社の場合)、同法394条2項、399条の11第2項に定めがある。これらの条文では、議事録閲覧請求権の要件として、それぞれの条文で株主の権利を行使するため必要があることが要件となっている。

 

 かかる権利行使の必要性に関して、どのような権利行使であれば認められるかについては、株主としてのすべての権利行使を意味し、共益権だけでなく、自益権も含まれるとされている。本件で問題となっている株主提案権についても、これに含まれるものと解されている。

 

 閲覧の必要性の主張は、行使しようとする権利の種類、及び知ろうとする事実を具体的に特定して疎明し、権利を行使するために閲覧等が必要であることを客観的に明らかにする必要があるとされている。そのため、漠然と株主総会で質問するためといった主張や、議決権を行使するためといった主張では不十分である。

 

 権利行使の必要性の存否について、具体的にどのように判断するかについては、「権利行使の対象となり得、又は権利行使の要否を検討するに値する特定事実の関係が存在し、取締役会議事録の閲覧・謄写の結果によっては、権利行使をすると想定することができる場合であって、かつ、当該権利行使に関係のない取締役会議事録の閲覧・謄写を求めているということができないというときであれば、上記必要性の要件を肯定すべきである」とする裁判例がある(平成20年12月26日佐賀地裁決定)。

 

 また、株主が株主提案権を行使するために必要があるとして取締役会の議事録閲覧を求めた事案として平成25年11月8日大阪高裁決定がある。同決定においては判断枠組みは示されていないが、前述の佐賀地裁決定と同様の枠組みの中で判断が行われていることがうかがわれる。

 

 議事録閲覧の要件として、権利行使の必要性の他に、閲覧対象となる議事録の特定、閲覧により会社に著しい損害が生じないことがあげられる。

 

 議事録の特定に関しては、会社において閲覧に応じるか否かを判断できる程度のものであることが必要とされるが、作成に関与していない申立人に具体的な特定まで求めることは困難であるから、申立にかかる議事録の範囲をその他の議事録と識別することが可能な程度で足りるとされている。

 

 閲覧により会社に著しい損害が生じるか否かに関しては、企業秘密が明らかになる場合が典型であるが、それに限られず、閲覧により得られる申立人の利益と、会社が受ける損害を比較考量し、より多大な損害が会社に生じるか否かを判断することになる。

3 申立審について

 申立審での決定においては、権利行使の必要性に関して、

 

「本件社史は、従業員、入社予定者、OBのほか、販売代理店、業界団体等にも配布されているから、本件社史に誤った記載や妥当性を欠く記載がある場合、利害関係参加人の取引先及び社会に対する信頼を害することがないとはいえないのであって、その危険性がある以上、本件各申立てが、申立人らの株主としての地位・資格を離れた個人的利益の追求のみを目的としてなされたということはできない。そうすると、本件各申立ては、「その権利を行使するため必要があるとき」の要件を充足していると認めるのが相当である。」

 

とし、続いて議事録の存在について

 

 「本件社史は、約1年10か月間の歳月をかけて相当の労力を要して作成されていて、利害関係参加人の取締役が本件社史の編集委員長を務めているから、利害関係参加人の取締役会において、本件社史について協議、監督がなされ、また、監査役会又は監査等委員会において、本件社史について監査協議、監督がなされている可能性が十分あると認められる。」

 

と判示し、申立人の申立てを一部認めた。

4 抗告審の判旨

 会社側は原決定を不服として即時抗告を行った。かかる即時抗告に対して大阪高裁が下したのが本決定である。本決定は、原決定を変更し、以下の通り判示して申立を却下した。すなわち、

 

「相手方らが社史の客観的歴史的適合性を担保するための定款変更を株主提案するに当たり、本件申立てに係る取締役会等の議事録部分の閲覧及び謄写までを必要とする理由は、本件社史を発刊した決定過程を把握する必要があるという以上に具体的に明らかでない。

 

 また、相手方らは、令和3年3月の株主総会において、本件申立てに係る取締役会等の議事録部分の閲覧及び謄写を経ることなく、必要と考える定款変更の株主提案を現にしていることを考慮すると、それらの議事録部分の閲覧及び謄写がなければ定款変更に係る株主提案をすることができないとも認め難い。

 

 そうすると、本件では、「株主は、その権利を行使するため必要があるとき」についての疎明があるとは認められない。」

 

と判示して株主の権利行使の必要性を否定し、さらに続いて

 

 「抗告人が、本件社史の刊行が決定される前から、監査等委員会設置会社に移行し、取締役の過半数に社外取締役が就き、取締役会の決議によって重要な業務執行の決定の全部又は一部を代表取締役社長に委任することができる旨を定款で定めている東京証券取引所市場第一部の上場企業であることからすると、本件社史の刊行が上記のように創立五十周年の記念行事として行われたものであるとしても、それについて社外取締役が過半数を占める取締役会において協議、監督までされた可能性は高いとはいえない。また、監査等委員会は、取締役等の職務の執行の監査等を行うことを主たる任務とするものである上、抗告人では社外取締役のみをもって構成されているから、本件社史について直接に監査協議、監督することは、取締役会の場合に増して想定し難く、さらに、監査役会が本件社史について監査協議、監督することも、本件社史の刊行が決定される前に監査等委員会設置会社に移行していることからすると、ほとんど想定できないというべきである。

 

 これらに加え、抗告人において、裁判所限りで議事録を閲読に供する用意があるとの態度を示すなどして、本件申立てに係る議事録部分は存在しないと強く主張していることも考慮すると、本件において、本件申立てに係る議事録部分が存在することの疎明があるとは認められない。」

 

として議事録の存在自体についても否定した。

5 判旨の考察

 両決定は、2で記載した従来の枠組みによって議事録閲覧の可否について判断を下しているものと思われる。
 しかしながら、判断は原決定と本決定で別れるに至った。

⑴ 権利行使の必要性に関して

 判断が分かれたポイントはいくつか存在するが、まず権利行使の必要性に関して次のように分析できるものと思われる。

 

 すなわち、原決定は、申立人らの株主提案権の存在について判旨したうえで、「本件各申立てが、申立人らの株主としての地位・資格を離れた個人的利益の追求のみを目的としてなされたということはできない。」ことから「「その権利を行使するため必要があるとき」の要件を充足していると認めるのが相当である。」とし、株主提案権と議事録閲覧との関連性について比較的緩やかに判旨している。

 

 他方で、本決定は「相手方らが社史の客観的歴史的適合性を担保するための定款変更を株主提案するに当たり、本件申立てに係る取締役会等の議事録部分の閲覧及び謄写までを必要とする理由は、本件社史を発刊した決定過程を把握する必要があるという以上に具体的に明らかでない」とし、株主提案権行使のために議事録を閲覧する理由についてより具体的な疎明を求めているということができる。

 

 また、本決定と原決定との差異として、本決定時においては、すでに申立人らが株主提案権行使を予定していた株主総会が開催され、同総会で申立人らが実際に株主提案権を行使していたことが挙げられる。もっとも、株主総会が未開催であったとしても、前段の判旨からすれば権利行使の必要性は否定されていた可能性が高い。

⑵ 議事録の存在について

 本決定では、原決定で認められていた議事録の存在に関しても、会社の組織体制を挙げてこれを否定している。

 

 また、本決定の判旨では、裁判所限りで議事録を示す用意があると、会社が議事録の不存在について強く主張したことも考慮されており、特徴的である。

6 まとめ

 本決定は、株主提案権の行使が増加する昨今の株主総会実務において、株主提案権行使のため議事録閲覧を請求した事案において、高裁が権利行使の必要性について疎明を認めなかった事案であり、今後の議事録閲覧請求事案において参考になると思われる。

 

以 上

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