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内部通報制度の見直しについて

2022/03/22 09:52
内部通報制度の見直しについて

文責:弁護士 三谷革司

 

 2022年6月1日、改正公益通報者保護法が施行され、内部通報制度の整備、運用の見直しが必要となります。現行の公益通報者保護法においても、公益通報を行った者の保護についての定めはありますが、今回の改正は、通報者の範囲や通報対象事実の拡充だけでなく、事業者による各種の措置義務が設けられており、実務に与える影響は少なくないと考えられます。

 

  既に、見直しに着手されている会社も多いと思いますが、今回、会社内部において特に考慮する必要があると思われるポイントをご紹介したいと思います。

(※Sparkle News Letter Vol.3掲載記事の内容です。)

1.内部通報制度のこれまで

 会社法上、株式会社の取締役が負う善管注意義務・忠実義務の一内容として、内部統制システム構築義務があると解されており、内部通報制度の整備は、従前から、内部統制システム構築の重要な要素と考えられていました。内部通報制度を適切に整備・運用することで、従業員等の職務執行の法令・定款への適合性を確保し、コンプライアンス経営を推進することは、ステークホルダーからの信頼獲得に資するものと考えられています。

 

 一方、公益通報者保護法は、公益通報を行った労働者を保護することを目的とした法律ですが、消費者庁は、2016年12月に内部通報ガイドラインの整備・運用に関するガイドラインを公表しており、各企業は、同ガイドラインを参照しつつ、自社の内部通報制度の整備に取り組んでいました。しかしながら、依然として、内部通報制度が十分に機能しなかった事例も発生しており、公益通報者保護制度の実効性の向上を図ることが重要な課題であると認識され、公益通報者保護専門調査会で議論された後、2020年6月、改正法が成立することとなりました。

 

 なお、CGコードにおいても、上場会社は、内部通報に係る適切な体制整備を行うことが求められ(原則2-5)、経営陣から独立した窓口の設置や、情報提供者の秘匿と不利益取扱の禁止に関する規律を整備すべきとされています(補充原則2-5①)。

 

2.公益通報体制の整備の義務化

 今回の公益通報者保護法の改正により、事業者は、①公益通報対応業務従事者を指定すること、②公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を取ることを義務付けられることになりました(改正法11条1項、2項)。ただし、常時使用する労働者の数が300人以下の事業者については努力義務とされています(改正法11条3項)。

 

 また、事業者が取るべき措置の実効性確保のため、行政措置(助言・指導、勧告、勧告に従わない場合の公表)が設けられました(改正法15条、16条)。

 

 このように公益通報への対応体制、すなわち内部通報制度を整備することが法令の一内容となり、仮に、取締役がこの体制の整備を怠った場合は、内部統制システム構築義務の違反にとどまらず、法令違反として任務懈怠責任の問題が生じ得ることになりました。

 

 さらに、今回の改正では、事業者として積極的な関与が求められることとなっており、消費者庁が公表する公益通報者保護法に基づく「指針」及びその「解説」を踏まえ、内部通報制度の整備が必要となります。

 

■消費者庁ウエブサイト

【指針】

公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針

【解説】

公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説

 

3.公益通報対応業務従事者の指定

 今回の改正により、事業者は、公益通報対応業務従事者(「従事者」)を指定する必要があるとされています。従事者とは、公益通報の受付、調査、是正に必要な措置をとる業務に従事する者をいいますが、公益通報者を特定させる情報を漏らしてはならないという守秘義務を負い(改正法12条)、違反した場合は刑事罰の対象にもなるなど(改正法21条)、重い責任を負うことになります。

 

 解説によると、内部公益通報受付窓口に関して対応業務を行うことを主たる職務とする部門の担当者を従事者として定める必要があり、それ以外の部門の担当者であっても、公益通報対応業務を行い、かつ公益通報者を特定させる事項を伝達される者に該当する場合には、必要が生じた都度、従事者として定める必要があるとされています(解説5頁)。また、従事者は、自らが刑事罰で担保された守秘義務を負う立場にあることを明確に認識している必要があるとされ、事業者は、書面により指定をするなど、従事者の地位に就くことが従事者となる者自身に明らかとなる方法により定めなければならないとされています。

 

 対応としては、内部通報の窓口となる部門の責任者は内部規程によりあらかじめ従事者に指定した上で、通報内容によって関与することとなる部門が生じた場合には、その部門の関係者を個別に従事者に指定する、ということは考えられます。その場合でも、従事者が重い責任を負担することを考えると、範囲はかなり限定して考えることになるでしょう。この個別に従事者を指定する場合のプロセスについて整理をしておく必要があります。

 

4.内部通報対応体制の整備その他の必要な措置

 次に、今回の改正により求められることになるのが、内部通報対応体制の整備であり、指針・解説において、かなり具体的な措置の内容が定められており、実務に与える影響は大きいと考えられます。

a. 部門横断的な公益通報対応業務を行う体制の整備

 指針においては、内部公益通報を部門横断的に受け付ける窓口を設けることが重要とされ、調査を行い、是正に必要な措置を取る部署・責任者を明確に定めることとされています。また、窓口は、事業者外部(外部委託先、親会社等)に設置することや、事業者の内部と外部の双方に設置することも可能とされています(解説7頁)。加えて、子会社や関連会社における法令違反行為の早期是正・未然防止を図るため、企業グループ共通の窓口を設置することや、関係会社・取引先を含めた内部公益通報体制の整備等も、経営上のリスクにかかる情報を把握する機会の拡充の例として挙げられています(解説8頁)。

 

 組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置としては、例えば、社外取締役や監査機関にも報告を行うようにする、窓口を事業者外部(外部委託先、親会社等)に設置すること等が考えられるとされています(解説8頁)。

 

 公益通報対応業務の実施に関する措置としては、留意点として、匿名の内部公益通報も受け付けることが必要とされています。また、推奨される考え方の例として、法令違反等に関与する者が自主的な通報や調査協力を行い、問題の早期発見・解決に協力した場合には、懲役処分等を減免することができる仕組みを整備すること等(いわゆる社内リニエンシー)も挙げられています(解説11頁)。

 

 利益相反の排除に関する措置としては、事案に関係するものを調査や是正に必要な措置の担当から外すことが考えられるとされていますが、その中で、いわゆる顧問弁護士を窓口とすることについて、顧問弁護士に内部公益通報をすることを躊躇する者が存在し、そのことが通報対象事実の早期把握を妨げるおそれがあることが指摘されています。

b.公益通報者を保護する体制の整備

 次に、公益通報者を保護する体制の整備が求められています。

 

 まず、公益通報の利用の促進のため、公益通報者の不利益な取扱いの防止に関する措置を取るとともに、実際に不利益な取扱いが発生した場合には、救済・回復の措置をとり、不利益な取扱いを行ったものに対する厳正な対処を

 

 取ることを明確にすることにより、公益通報を行うことで不利益な取扱いを受けることがないという認識を労働者・役員等に持たせることが必要とされています。

 

 また、通報者が公益通報をしたことを他者に知られる懸念があれば、公益通報を行うことを躊躇することが想定されることから、範囲外共有や通報者の探索をあらかじめ防止するための措置が必要とされています。このような観点から、通報事案に係る記録・資料を閲覧・共有することが可能な者を必要最小限に限定し、その範囲を明確に確認すること等が定められています。調査時の取り組みについても、調査が公益通報を契機としていることを伝えない工夫等、具体的な例が挙げられています(解説16頁)。

c.内部公益通報体制を実効的に機能させるための措置

 指針・解説において、内部公益通報体制を実効的に機能させるための措置が具体的に例示されており、これらを踏まえた体制の整備が求められることになります。

 

 まず、内部公益通報が適切になされるため、内部公益通報対応体制について十分に認識している必要があるという観点から、労働者等及び役員並びに退職者に対する教育・周知に関する措置が求められます。ここでは、単に規程の内容を形式的に知らせるだけではなく、組織の長が主体的かつ継続的に制度の利用を呼び掛ける等の手段を通じて、公益通報の意義や組織にとっての内部公益通報の重要性等を十分に認識させることが求められるとされています(解説18頁)。解説では、「利益追求と企業倫理が衝突した場合には企業倫理を優先するべきこと」といった項目も挙げられています。

 

 是正措置についても、事業者からの情報提供がなければ、是正に必要な措置が取られたか否かについて知り得ない場合が多いと考えられることから、支障がある場合を除き、内部公益通報をした者に伝える必要があるとされています。

 

 記録の保管、見直し・改善、運用実績の労働者等及び役員への開示に関する措置に関して、解説では、窓口に寄せられた内部公益通報に関する運用実績の概要を、支障がない範囲で開示するとされています(解説21頁)。この運用実績とは、例えば、過去一定期間における通報件数、是正の有無、対応の概要、内部公益通報を行いやすくするための活動状況、などが例示されています(解説22頁)。

 

 そして、指針に沿った内部公益通報対応体制の整備等を確実に行うため、指針の内容をルールとして明確にし、それに沿って運用することが求められます。

5.公益通報者保護法改正の内容(その他)

 今回の公益通報者保護法改正では、通報者の範囲への役員や退職者(退職後1年以内)の追加、通報対象事実に行政罰の対象となる規制違反行為の追加、通報できる場合の追加、行政機関が取るべき措置の規定の明確化等も行われており、公益通報の範囲がかなり広がっています。

6.おわりに

 内部通報制度については、従前、形式的には整備したものの、実際の利用が低調であった会社も多かったかもしれませんが、今回の公益通報者保護法改正により、実際に利用を促進するための様々な措置が求められることになりました。今後は利用される機会が増えることが予想されます。

 

執筆者:弁護士 三谷革司

 

第一東京弁護士会所属。東京大学法学部・コロンビア大学LLM。NY州弁護士登録。コーポレート・企業法務一般・M&A・独禁・危機管理・コンプライアンス・薬事・株主提案対応・株主総会アドバイスなど

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