事例紹介:食べログ事件(更新版)(優越的地位の濫用が争われた事例)
2023/03/24 21:10文責:弁護士 津城耕右
焼き肉チェーン店を展開する会社が、大手グルメサイトである食べログを経営するカカクコムに対して、優越的地位を濫用したことを原因として、損害賠償の支払いを請求していた事件で、2022年6月16日、東京地裁はカカクコムの優越的地位濫用を認め、賠償請求の一部を認める判決を下しました。以前、こちらの判決に関して取り上げた記事を公開いたしましたが、先日判決文が公開されました。事案の概要や、問題となっている独禁法の法文については以下の記事をご覧ください。
本記事では、本件の争点のうち、
① 「自己の取引上の地位が相手方に優越していること」(=優越的地位)
② 独占禁止法2条9項5号ハに該当する行為
③ 「正常な商慣習に照らして不当に」(=公正競争阻害性)
④ 差止請求の可否
に関してそれぞれ取り上げます。なお、公開された判決文においても一部は非公開となっていることから、以下に述べることは公開されている限りの判決文に基づくことにご留意ください。
【参考】独占禁止法 第2条第9項
この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。
5号 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること。
ハ 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること。
(該当箇所以外は省略)
1.「自己の取引上の地位が相手方に優越していること」(=優越的地位)
(1)判断枠組み
本判決は、優越的地位の判断基準について、以下のように判示しました。
「取引の一方の当事者(以下「行為者」という。)が市場支配的な地位又はそれに準ずる絶対的に優越した地位にある場合だけではなく、当該取引の相手方との関係で相対的に優越した地位にある場合も含まれ、少なくとも当該取引の相手方にとって当該行為者との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、当該行為者が当該取引の相手方にとって著しく不利益な要請等を行っても、当該取引の相手方がこれを受け入れざるを得ないような場合は、当該行為者が当該取引の相手方との間で優越的地位にある」
そして、その考慮要素として、以下の点を挙げています。
①当該取引の相手方の当該行為者に対する取引依存度、
②当該行為者の市場における地位、
③当該取引の相手方にとっての取引先変更の可能性、
④その他当該行為者と取引することの必要性、重要性を示す具体的事実
この考え方は、公正取引委員会によるガイドライン(優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方[1] 、以下「ガイドライン」といいます。)を踏襲したものであると考えられます。
(2)本判決のあてはめ
本判決は、各考慮要素について、
上記の考慮要素①に関して
- 原告の各月の売上に占める食べログ経由の売上の割合が31%であること
- 原告が、本訴訟の提起後も有料店舗会員であり続けたこと
考慮要素②に関して
- 食べログが日本全国の掲載可能なほぼすべての飲食店と、約3090万件の口コミを掲載していること
- 4万9000点の有料店舗会員を有していること
- 掲載されている店舗数や有料店舗会員数において、他の飲食店ポータルサイトを上回るか、それらと並んで上位を占めていること
- 複数の飲食店ポータルサイトを利用する飲食店も多くあること
考慮要素③④に関して
- 食べログが、有料店舗会員に対してアクセスアップ機能や、ゴールデンタイム機能を提供していること[2]や、食べログ利用者との間では、標準検索を初期設定としていた。仕組みは、各飲食店が食べログの検索結果の表示順として優先的に上位に表示されるために、有料店舗会員になってより多くの料金を払うことの誘因するものであった。
- このことと、原告の各月の売上に占める食べログ経由の売上の割合が31%であること、原告が、本訴訟の提起後も有料店舗会員であり続けたことから、食べログの有料店舗会員であることは原告にとって必要性や重要性が高い
と判示して、被告が原告に対して優越的地位にあることを認めました。
2.2条9項5号ハに該当する行為
(1)問題点
独禁法2条9項5号ハは「その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること」と規定しています。この要件について、被告側は、アルゴリズムが無料店舗会員である飲食店等にも適用されることから「取引の実施」に該当せず、また、アルゴリズムの変更が特定の飲食店に不利益をもたらすことを目的とするものではない等からアルゴリズムの変更によって原告の不利な状態に陥ったものではないと主張して、この要件への該当性を争いました。
(2)判断基準
本判決では、上記の要件への該当性の判断基準として、「取引の相手方に不利益となるように…取引を実施すること」は、「取引の条件の設定又は変更以外の取引に関連する事実行為等であって当該取引の相手方に不利益となるようなものを含む」としたうえで本件に関して以下のように判断しました。
(3)本判決へのあてはめ
判決では、被告の主張は認められず、上記要件への該当性が肯定されています。判決においては、まず、本件が「取引を実施すること」に該当するかに関して、
- 食べログの評点は、食べログに掲載されている飲食店について、被告が本件アルゴリズムに基づいて算出し、食べログ上の当該店舗のページに記載するものであること
- 原告が、店舗会員として本件サービスを利用し、食べログ上の原告の店舗のページ上に店舗の情報を掲載していること
を挙げてその該当性を肯定しました。
また、「不利益となるように取引を実施している」ことに関しては、
- 評点が、投稿者から投稿された主観的な評価・口コミをもとに算出した数値であり、かつ、消費者による飲食店選びの参考となる情報の一つとして掲載されていること
- 食べログにおけるランキング検索による飲食店の表示順の基準にされていること
等を挙げてその該当性を肯定しました。
3.「正常な商慣習に照らして不当に」(=公正競争阻害性)
(1)判断枠組み
本判決は、独禁法2条9条5号の「正常な商慣習に照らして不当に」に該当するかは、行為の意図・目的、態様、不利益の内容・程度(例えば、①取引の相手方にあらかじめ計算できない不利益を与えることとなるか否か、②取引の相手方が得る直接の利益等を勘案して合理的であると認められる範囲を超えた負担となり、不利益を与えることとなるか否か)等を総合考慮し、専ら公正な競争秩序の維持、促進の観点から是認される商慣習に照らして不当であるか否かから判断する、としました。
(2)本判決のあてはめ
ア 不利益の程度について、本判決では以下の点を挙げて原告のようなチェーン店運営する事業者が被る不利益の程度が大きいとされています。
- 本件のアルゴリズムの変更が食べログに掲載されている飲食店のうちチェーン店についてのみ適用されるものであるところ、評点が投稿者から投稿された主観的な評価・口コミを基に算出した数値であり、かつ、消費者による飲食店選びの参考となる情報の一つとして公表されていること
- 現に、本件変更後は原告の店舗における食べログ経由の来客人数が減少していること
イ 取引の相手方にあらかじめ計算できない不利益を与えることとなるか、取引の相手方が得る直接の利益等を勘案して合理的であると認められる範囲を超えた負担となり、不利益を与えることとなるかという点について、本判決は以下の点を挙げて、肯定しました。
- 被告が、評点を投稿者から投稿された主観的な評価・口コミをもとに算出した数値であり、消費者による飲食店選びの参考になる情報の一つとして公表していることと
- アルゴリズムの変更が事前に原告に通知されていないこと
ウ 本判決は、主に以上の点を指摘して公正競争阻害性を肯定しました。
被告は、アルゴリズムの変更について、正当な目的のために、合理的な手段によっていると主張しました。本判決は合理的な手段であるか、という点について、「本件変更の対象をチェーン店のみとすることは、被告の主張する上記意図・目的との関係で合理的なものであると認めるに足りる証拠はないと言わざるを得ない」としており、チェーン店のみをアルゴリズム変更の対象としたことの合理性を否定しています。
なお、被告がどのような目的でチェーン店についてのみ評価点が減点されるようアルゴリズムの変更を行ったのかについては、公開された判決文においても以下の様にマスキングされており、その詳細は不明となっています。
判決文21頁目判決文39頁目
4.小括
本判決は、以上述べた要件該当性の他の要件についても充足するとして、損害賠償の支払いの請求を一部認容しています。
5.差止請求について
本裁判では、店舗の評価点を下げることとなったカカクコムのアルゴリズムの使用の差止めも求めましたが、差止請求に関しては退けられています。
(1)判断枠組み
差止請求について規定した法24条においては、著しい損害が生じ、または生ずるおそれがあることが要件の一つとして定められています。本裁判では、この要件について、利益侵害の態様及び程度並びにこれによる損害の性質、程度、及び損害の回復の困難の程度等を総合考慮して判断するとしました。
(2)本判決へのあてはめ
本判決は、本件で問題となったアルゴリズムの変更について、同時に行われた投稿者の影響度の調整と相まって、評点を平均0.14点下落させ、営業利益の減少という金銭的損害を被らせているとしたものの、
- そもそも評点が消費者による飲食店選びにおける唯一の指標ではないこと
- アルゴリズム変更後の食べログ経由の来店人数は一定の程度で推移していること
- アルゴリズムの変更そのものに起因する原告の営業利益の減少によるものと認められる金銭的損害の額が原告の営業利益の2割にとどまること
- アルゴリズムの変更が、原告の信用やブランド価値の毀損を生じさせるとは認められないこと
- 被告がアルゴリズムの変更を明らかにしたときには、消費者においてこれを前提とした飲食店選びを行うようになると考えられること
として、本件では著しい損害が生じ、または生ずるおそれがあるとはいえないと判断し差止請求については棄却しました。
6.さいごに
これまで食べログ事件について公開された判決について紹介いたしました。
本判決では、被告による優越的地位の濫用を認め、損害賠償の支払いを一部認めました。その中で、優越的地位の濫用の各要件に関する考慮要素が示されており、各考慮要素に関しても詳細に判断しておりますので、今後の優越的地位の濫用に基づく民事事件の実務において参考になるもの思われます。
[2]これらの機能に関してhttps://owner.tabelog.com/owner_info/service_info/参照
執筆者:弁護士 津 城 耕 右
kosuke.tsushiro@sparkle.legal
本記事は、個別案件について法的助言を目的とするものではありません。
具体的案件については、当該案件の個別の状況に応じて、弁護士にご相談いただきますようお願い申し上げます。
取り上げてほしいテーマなど、皆様の忌憚ないご意見・ご要望をお寄せください。
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