公益通報制度の概要:公益通報の要件と公益通報者の保護内容と保護条件
2024/11/06 08:57文責:弁護士 川島 龍明
兵庫県元知事のパワーハラスメント疑惑を告発した兵庫県の元幹部職員を、県が公益通報者保護法に基づく保護をせずに懲戒処分をしたことが問題となりました。報道によると、兵庫県元知事は、当該元幹部職員の告発は公益通報に該当しないと発言したとのことでした。
本記事では、公益通報者保護法上の公益通報の要件、公益通報者としての保護の内容及びその条件などについて、解説をします。 なお、公益通報者保護法に基づき事業者の方がとるべき対応については、こちらをご覧ください。
1. 公益通報の要件
公益通報者保護法(平成16年法律第122号。以下「法」といいます。)上の公益通報該当性の要件は、次の6つであると解されています(消費者庁「公益通報ハンドブック[改正法(令和4年6月施行)準拠版]」(以下「ハンドブック」といいます。)48頁)。
【公益通報該当性の要件】
①労働者等(労働者、退職から1 年以内の退職者、役員。公務員を含む。)が
②不正の目的でなく
③役務提供先等について
④通報対象事実が
⑤生じ又はまさに生じようとしている旨を
⑥通報先に通報すること
上記②の「不正の目的」とは、公序良俗に反する形で他人の利益を図る目的や他人に対して社会通念上通報のために必要かつ相当な限度内にとどまらない財産上の損害、信用の失墜その他有形無形の損害を与える目的などをいうと解されています(消費者庁「逐条解説 公益通報者保護法」(2023年)(以下「逐条解説」といいます。)第2条関係、11~12頁)。「不正の目的」ではないというためには、専ら公益を図る目的の通報と認められることまで要せず、公益を図る目的以外の目的(例:交渉を有利に進めようとする目的)が併存しているだけでは「不正の目的」であるとはいえないと考えられています(逐条解説、第2条関係、12頁)。
上記④の「通報対象事実」は、法で対象とする法律[1]の罰則(刑罰又は過料)の対象となり得る事実などに限定されています(法第2条第3項)。例えば、職場内でのパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントは、それが犯罪行為に当たらない限り、公益通報には該当しないと解されています(ハンドブック34頁)。
上記⑥の「通報先」には、雇用元(勤務先)の事業者や通報対象事実について法令に基づく命令や勧告などを行うことができる行政機関のみならず、「その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」(法第2条第1項柱書)として、報道機関、消費者団体、事業団体等が含まれると考えられます(逐条解説、第2条関係、21頁)。
なお、法は対象となる通報を顕名(実名)の通報に限定しておらず、匿名であっても、法の要件を満たしていれば公益通報をすることができます(ハンドブック34頁)。
2. 公益通報者としての保護の内容及びその条件
⑴ 保護の内容
公益通報者保護法の規定による公益通報者(公務員を除きます。)の保護の内容は、次のとおりです。
労働者 |
公益通報を理由とする解雇の無効(法第3条) |
派遣労働者 |
公益通報を理由とする労働者派遣契約の解除の無効(法第4条) |
役員 |
公益通報を理由とする解任によって生じた損害の賠償(法第6条) |
共通 |
・公益通報を理由とする不利益取扱いの禁止(法第5条)[2] ・公益通報によって損害を受けたことを理由とする損害賠償の制限(法第7条) |
「不利益取扱い」には、法第5条第1項で規定されている「降格、減給、退職金の不支給」のほか、退職願の提出の強要や、不利益な配転・出向・転籍、仕事を回さないことなども含まれます(逐条解説、第5条関係、2頁)。
⑵ 保護の条件
法に規定する公益通報に該当する通報であれば、上記保護が受けられるわけではなく、通報先ごとに次の条件を満たす必要があります(法第3条各号)[3]。
役務提供先等への通報(内部公益通報) |
通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料すること |
通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関等への通報 |
①通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当な理由があること 又は ②通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料し、かつ、通報者の氏名等を記載した書面を提出すること |
報道機関等への通報 |
通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当な理由があること に加え、 法第3条第3号イからへまでのいずれかの場合に該当すること |
「思料する」とは、通報対象事実が存在していると信じていれば足り、内部公益通報の場合には、信じたことについての特段の根拠は求められていないと考えられています[4]。
「信ずるに足りる相当な理由がある」場合とは、通報対象事実について、単なる憶測や伝聞ではなく、相当の根拠がある場合をいうと解されています(逐条解説、第3条関係、11頁)。
以上のとおり、内部公益通報、行政機関等への通報、報道機関等への通報の順に、保護の条件が厳しくなっています。
3. 公益通報に該当しない通報への対応
前記1のとおり「公益通報」の範囲が限定的であることから、「公益通報」に該当しない通報がなされることが考えられます。
これに対し、消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(令和3年10月)11頁では、コンプライアンス経営を推進するとともに、経営上のリスクに係る情報の早期把握の機会を拡充するため、「公益通報」に該当しない内規違反に関する通報についても、公益通報に準じて対応することが望ましいとしています。
4. 裁判例紹介
⑴ 神社本庁事件(東京地裁令和3年3月18日・労働判例1260号50頁)
懲戒処分の有効性判断において、公益通報者保護法の趣旨に照らした検討を行った裁判例として、東京地裁令和3年3月18日・労働判例1260号50頁(神社本庁事件)があります。この事案は、名誉・信用毀損行為を理由に懲戒解雇をされた原告が、当該解雇の無効を争った事案です。
裁判所は、「解雇理由1に係る行為は、(略)公益通報者保護法2条3項1号別表1号に該当する通報対象事実を、被告の理事及び関係者らに対し伝達する行為であるから、その懲戒事由該当性及び違法性の存否、程度を判断するに際しては、公益通報者保護法による公益通報者の保護規定の適用及びその趣旨を考慮する必要がある。」と判示しました。そして、名誉・信用毀損行為が懲戒事由に外形上該当すること、その内容が真実でないことを認めつつも、①これを真実と信じるに足りる相当の理由があり②不正の目的があったとはいえず、③手段が相当であったことから、公益通報者保護法の趣旨などに照らし、当該行為の違法性が阻却され、解雇不相当であると判示しました。
⑵ 日本電気事件(東京地裁令和5年9月8日判決)
公益通報に関する裁判例として、東京地裁令和5年9月8日判決(日本電気事件)があります。この事案は、内部公益通報に対する調査の結果(不正なし)を通知し、厳重注意とした後、通報者が企業の不正に関する内容の投稿をインターネット掲示板に行うなどしたことを理由に懲戒解雇されたことに対し、原告(通報者)は、違反行為を社内に周知する目的で行った行為を懲戒事由とするのは不当であると主張した事案です。
裁判所は、公益通報に対する調査の結果不正が認められない旨の回答を理由とともに原告に示したことや、原告の行為をやめるよう繰り返し指導等がされていたことなどを理由に、原告の主張する動機や目的があったことを前提としても原告の行為は正当化されないとして解雇は有効であると判断しました。
⑶ 考察
いずれの事件も懲戒された従業員の摘示した事実が真実であることは認められなかったという点は共通しています。しかし、日本電気事件が、通報に対する調査の実施及びその結果の通知をし、注意指導ないし警告をした後も名誉・信用毀損行為を行った者に対する懲戒解雇を行った事案である一方、神社本庁事件は、調査委員会による調査後に自宅待機命令、弁解聴取という手続を経たものの、厳重注意等を経ることなく解雇をしたという点が異なります。
通報(又はこれに類する行為)による名誉・信用毀損を理由に解雇する場合には、公益通報者保護法の趣旨に照らし、その内容の真実性のみならず、①真実と信じるに足りる相当の理由の有無、②不正の目的の有無、③手段の相当性を慎重に検討する必要があります。
神社本庁事件では、真実と信じるに足りる相当の理由があるにもかかわらず、解雇したことが解雇不相当との結論を導く要因となりました。
通報に関する調査を行った結果、通報対象事実が真実でなく、それを摘示することが懲戒事由に該当する場合でも、違法性が阻却される可能性が高いと言えない場合には、通報対象事実が真実でなかったことのみをもって、解雇等の重大な処分をすることは、後の紛争で解雇の有効性が争われる可能性が高いと考えます。また、真実とは認められない事実の摘示が繰り返された場合に対処するとともに、手段の相当性ないし真実相当性を否定する要素となり得ることから、初回の通報の時点で適切に調査を行い、その結果を通報者に理由とともに示すことが肝要であると考えます。
5. おわりに
公益通報者保護法は、公益通報者の保護を図ることにより、国民の生命、身体等を保護する法令の遵守を図り、もって国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資することを目的としています(法第1条)。そのため、広く不正行為の告発をその対象とするものではありません。
しかし、近年のコンプライアンス意識の向上から、企業が遵守すべき事項は、通報対象事実に関するものに限られなくなっています。さらに、SNS上での内部告発が行われる例もあり、そのような場合には対応が後手に回ってしまうことも考えられます。
経営層には上がってこない現場の問題を早期に発見することは、コンプライアンス経営を推進する上で重要な要素となります。通報対象事実以外の事項を含む事項に関する内部通報を促進することは、問題の早期発見による適切な対応が期待できるのみならず、SNSなどで企業不祥事が広められることにより発生するレピュテーションリスクの拡大を防止するという観点からも、企業にメリットがあるものと考えます。適切な内部通報制度を構築・運用するための第一歩として、公益通報者保護法の内容を理解し、遵守することが重要であると考えます。
以 上
[1] 法別表及び公益通報者保護法別表第八号の法律を定める政令(平成17年政令第146号)に規定されている法律を指す。
[2] 法第3条と異なり、法第5条は、退職者を含む。
[3] 労働者、退職者及び派遣労働者に関する保護要件のみを記載し、役員に関する保護要件(法第6条参照)は省略している。
[4] 中野真「公益通報者保護法に基づく事業者等の義務への実務対応」(商事法務、2022年)49頁
執筆者:弁護士 川島 龍明
tatsuaki.kawashima@sparkle.legal
本記事は、個別案件について法的助言を目的とするものではありません。
具体的案件については、当該案件の個別の状況に応じて、弁護士にご相談いただきますようお願い申し上げます。
取り上げてほしいテーマなど、皆様の忌憚ないご意見・ご要望をお寄せください。
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