ジャニーズ事務所「性加害」問題に見るリスクマネジメント
2023/06/01 17:49文責:スパークル法律事務所
2023年5月14日夜、大手芸能事務所のジャニーズ事務所は、創業者・前社長による「性加害問題」につき、現社長が出演する動画を公表し、あわせて「見解と対応」の文書を発表しました。本件については、性加害・セクシャルハラスメントや、危機管理・予防等、様々な論点があるところですが、既存のリスクのハンドリングという観点から考察し、当事務所からの若干の提案について記載します。
(※本記事は、2023年5月18日配信のスパークル法律事務所ニュースの内容です。)
1.今回の出来事の流れ
英国BBCが2023年3月に、複数の元所属タレントが「性加害」を受けた旨を答えたドキュメンタリーを放送しました。その後、一部の被害者が記者会見を行い、また、ファン等で構成される団体が署名運動を行う等、事務所に対応を求める声が強まっていました。これに対する事務所側の回答が、前述の動画と文書です。別途、一部の被害者と対話を持つ一方で、取引先企業等にも説明が行われたとされています。
なお、創業者による性加害については1960年代から噂があり、週刊誌においても取り上げられていました。1999年には週刊文春がこれを取り上げ、ジャニーズ事務所側は名誉棄損であるとして民事訴訟を提起しましたが、東京高裁は報道内容の真実性を認定したとされています。ジャニーズ事務所側は最高裁に上告したものの棄却され、東京高裁の判決は確定しています。
2.学ぶべき点
ジャニーズ事務所のビジネス形態はやや特殊で、所属タレントもメディアへの露出が多いため、まったく同じスキャンダルは一般的な会社にはまず存在しないであろうと考えられます。しかし、リスクの取り扱いが後手に回った結果、膨大な労力が必要となりビジネスにも大きく影響を与える結果となったという点において、学びが多い事例といえます。皆様の会社を振り返り、このような事例、他人が見た場合にスキャンダルとなりうる事例はないかを考えるいい機会になると考えられます。
今回の事例は、報道によれば、過去の訴訟等から会社にとって既知の問題でもあった事項について、会社としての自浄作用を働かせ自ら公表してこなかった結果、第三者により指摘される形でリスクが発現し、より大きなコストと労力を要することとなったと言えます。現任の社長がインターネット動画に出ること、会社の経営体制の不備まで認めること、マスコミ対応等多大な労力が必要となっています。
当初の訴訟から今日までの間に、創業者の死去、代替わり、副社長の退社、有力タレントの流出等ビジネス環境が変わる中で、今回このような形で初めて社長の動画が世に出る形となりました。もちろんこれは社長の姿のお披露目として最適の舞台ではありません。現在まで放置してしまった中で、有力な手段であるとの想定で、社長を動画に出すという「この会社の基準では」過去にしたことがない大きな一歩を踏み出したのですが、それでも「社会が」充分だと感じるかはこの後の世論を待つ必要があるでしょう。
今回のケースは、創業者が社長を長期にわたって務め、強いリーダーシップを発揮していた会社で起こったことです。社長が交代していく上場会社とはガバナンスの質が違うから発生したと結論付けることも可能かもしれません。しかし、私達が接してきた上場会社のスキャンダル事案をみても、背後に似たような構造があることはよくあり、上場会社においても同様のスキャンダル事案は発生します。世間の耳目を集めるという意味では上場会社のスキャンダル(リスク)の対応については、よほど慎重に行わねばならず、関係者も多く、また、開示との関係の難しさもはらみます。
3.どうすべきか?〜リスク管理に関する提案
このような甚大な結果が起こらないようにするためにはどうするのがいいのでしょうか。もちろんホットライン等既存の仕組みを利用してガバナンス体制を改善するという方法が考えられるのですが、まずは、精神、企業風土の部分が肝心になるかと思います。どんなガバナンスも実際に利用する人の精神次第で、全く無駄な手続きの集まりとなりかねません。「会社であたりまえ」におこなわれていること、「会社で普通に問題なく処理」されていることについて、「会社のルール」ではなく「社会の目」から見て、あたりまえ、問題なしといえるか、経営陣及び従業員一人一人がチェックするという感覚が何より重要となります。そのうえで、もし、「社会の目」から見ておかしなことが起こっていると気が付いた人がいたら、その会社において、その人がきっちりと声をあげられる体制があるかが重要となるのです。
例えば、組織図を前に、具体的に、この部署のこの人が気付いた場合など、場面を限定して、かつ、直接の上司および所属するグループの同僚の両方が「それで問題ない」との反応を当初するとの前提を置き、それでも会社として問題に対処できるかということを発見者・体制維持派・会社を必要なら変えるべきと思っている派に分け、実際にシミュレーションの議論してみてください。社員への教育の際にも当該シミュレーションの結果を反映するとより具体性のあるものとなるでしょう。
さらに進んで、実際の対応をシミュレーションしてみるというのも有用です。全部の場合を網羅する規則を作るという発想になりがちですが、むしろ、ITのセキュリティ対策と同じく、一定の事例が発生しうるということを前提に、刻一刻変わるマスコミやSNSでの情報開示と、世間、政府・規制機関の反応を前に、各部署から代表者を出してもらい部署横断的に一日がかりで危機シナリオが発生したという前提で、対策を実際にしてみるというようなことが重要です。実際に起こっていないこと、世の中で一般に行われていないことに予算が付くのか等、このような大掛かりなことはできないと考える理由は多数あります。
実際にこのようなことができるかは、会社がこれを他人事例と考え、特定の部署にガバナンスのチェックをさせる、法律事務所にホットラインの設置を依頼するなどの形式的なチェックに終始せず、経営陣の直接の指揮監督のもと、社員の意識をこの問題に向けるという意識があるか次第ではないでしょうか。
4.さいごに
当事務所のネットワークには、リスク管理のプロフェッショナルが揃っております。リスク管理に関するお悩み事項についても、遠慮なくお問い合わせください。
文責:スパークル法律事務所
連絡先:TEL 03-6260-7155/ info@sparkle.legal
本記事は、個別案件について法的助言を目的とするものではありません。
具体的案件については、当該案件の個別の状況に応じて、弁護士にご相談いただきますようお願い申し上げます。
取り上げてほしいテーマなど、皆様の忌憚ないご意見・ご要望をお寄せください。
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